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金工品

南部鉄器

17世紀の中ごろ、時の南部藩主は、茶の湯の釜を作らせるために、京都から釜師を招き寄せた。茶の湯の手本は利休であり、京都にあったからであろう。これが、今に続く南部鉄器の始まりとなる。もともと、盛岡周辺には、古くから砂鉄、岩鉄など、良質の鉄資源があり、さらに鋳鉄に必要な川砂、粘土、木炭などの原料もすべて地元で揃えられる好条件にあった。鋳物産業にとって恵まれた土地であったわけだから、その後の長い歴史の中で、茶の湯の釜はもとより、日常の生活道具としての鉄瓶や鍋などが作られ続けていくのは当然だった。この間には第二次世界大戦での鉄の供出や、日本人のライフスタイルの変化で、衰退の危機に瀕したこともあったが、21世紀の今、欧米での“ジャパンブーム”の先導役ともなっている。その影には、今の暮らしに合わせたフォルム造りや鉄肌表現の新たな試みと言う名工たちの努力がある。