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焼物

三川内焼

17世紀の九州諸国は、突如として開窯ブームに沸いた。豊臣秀吉の時代に朝鮮から渡来した陶工の技術の大きな貢献によるものだ。その中には有田、唐津、波佐見など21世紀の今も続く窯場もあるが、半分以上は姿を消してしまった。三川内焼は17世紀後半に、平戸藩の御用窯として、朝鮮渡来の陶工、巨関が藩主の依頼により、三川内山に良質の陶土を発見し、現在の佐世保市三川内町で白磁焼の基礎を築いたのが始まり。さらに、巨関の孫が陶磁器の優れた陶土である天草陶石を全国で初めて発見。これによって、純白の白磁作りに成功した。その後、純白の白磁に施された精緻な染付けの作陶がヨーロッパの人々をも魅了し、三川内焼や平戸焼などと言われて輸出されていた。明治維新の際には民窯に転じたが、地元民の情熱で技術を失うことなく今に継いでいる。白磁に繊細な技で施された透かし彫りや、染付けで描かれた唐子に今も秀逸な作品が多い。